NO.330 3月4日【水】=イランイスラム共和国=

おはようございます。
先週末にイスラエルとアメリカが共同して突如イランに対する攻撃を開始しました。かねてよりイランとイスラエル、その後ろ盾としてのアメリカの対立構造は、1979年に勃発したイラン革命以来半世紀に及んでいますが、かつてパーレビ国王を頂点とする王政時代には、欧米との交流によって発展した時代もありました。さかのぼれば、第一次第二次大戦を経てイギリスやロシアに占領された時代を経験、1943年連合国によるテヘラン会議を経てイランは再び独立し、領土が保障されることになります。しかしながら、その後もパーレビ王朝は、イランの石油資源を狙う米英の傀儡政権という色が強く、メジャーと呼ばれる国際石油資本によって経済は成長するものの、格差拡大、政治腐敗が蔓延り、市民の生活には不安と不満が広がって行きました。

そして宗教指導者であったホメイニ氏の下、イラン革命がおこり、イスラム共和制を標榜する新たな社会改革が行われることになります。イスラム法学者であったホメイニ氏による直接統治システムが構築され、イスラム原理主義と呼ばれる厳格な思想の下、同性愛者などの性的少数者や非イスラム教徒への迫害も行われてきたと言います。イラン革命を境に市民の生活は大きく変革を強いられることになります。格差があったとはいえ、欧米がもたらした自由な空気は、イスラム原理主義によって一掃され、厳しい宗教戒律によって、飲酒や食事も制限され、女性は特にヒジャブの装着を強制され、さまざまな行動的制約が存在します。こうした状況は国際的にも人権侵害であるとして指摘されている点でもあります。

さらに歴史をさかのぼれば、イランは人類が誕生したチグリスユーフラテス川流域の東側に位置する地域で、古くはメソポタミア文明、そして中東から広くヨーロッパの一部にまで勢力を広げたペルシャ帝国の流れを持つ国家です。現在も公用語はペルシャ語であり、イラン国民の6割以上がペルシャ人の民族的背景を持っています。中東の国々には、アラビア語を話すアラブ人が多いといいますが、ペルシャ人はその言語からもアラブ人とは別の文化的歴史的背景があります。ペルシャ帝国が東西の交易を軸に繁栄したこともあり、ペルシャ商人は古くからビジネスの才に長けた民族として知られています。個人的な経験ですが、かつてイランの製薬企業と取引をした際も、価格交渉では毎回のように新たな値引き、譲歩を迫られ一筋縄ではいかない相手であったことを思い出します。しかし、仕事が終われば自宅に招き入れ、親しい友人として家族をあげて歓待してくれる友好的な国民性であったことを覚えています。

イランの人々にとって、日本人はユーラシア大陸の両端でつながっているという国という意識があるようで、アメリカとは敵対していますが、非常に親日家が多いことも事実です。原油やさまざまな資源を日本はイランから輸入し、さらにイランの工業化にはかつて日本から様々な技術者がその発展に貢献してきた歴史もあり、イデオロギーや政治体制の違いはあっても、民間レベルではつながりは非常に深い国のひとつであると思います。日本はアメリカの同盟国という立場ではありますが、同盟国であるからこそ、アメリカに対して対等に意見し、またイランに対しても友好国としてなんとか紛争のない平和な世界を希求する努力を続けて欲しいと切に願っています。

今日も一日頑張って行きましょう。
よろしくお願いします。

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