NO.404 8月7日【金】=日本のリンゴが世界一=

おはようございます。
スーパーの売り場に並ぶ色とりどりの果物の中で、一年を通して棚に並び、国産の品種が豊富で最も身近な果物といえば、リンゴをおいてほかにはないと思います。リンゴの持つさわやかな甘みと、噛んだ時の密のようなジューシーさ、そしてシャキッとした歯ごたえが、その魅力であり果物の王様ともいえる存在感があります。青森県や長野県、そして山形県がリンゴの産地としては有名で、「ふじ」や「つがる」、「シナノスイート」など産地が名前に入った品種も多くあります。

リンゴは世界で年間1億2千万トンも生産されており、バナナに次いで2位にランキングされています。その世界の生産量の約2割を占めるのが日本の「ふじ」という品種であると言われています。さらに世界で最もおいしいリンゴの1位は、日本のまさに「世界一」という品種が挙げられており、それ以外にもトップ10には「金星」「王林」「サンふじ」「むつ」など、日本の銘柄が目白押しといいます。なぜ日本のリンゴが、世界でそこまで人気が高いのか、それには150年以上に及ぶ苦節の歴史がありました。

日本には「和リンゴ」という古くからある在来品種がありました。いまのリンゴと比べるとサイズは極端に小さく、3センチもないほどで、一見すると大粒のサクランボにしか見えない大きさです。現在の日本のリンゴのルーツは、和リンゴではなく江戸時代末期にアメリカから導入されたもので、当時の人々はその大きさの差に驚いたと言います。その後明治政府が西洋の紅く大きなリンゴの栽培を奨励し、北海道や東北に広がりました。廃藩置県によって行き場をなくした旧武士が、リンゴ栽培に取り組み、その礎を築きました。彼らは自らを「りんご士族」と称していたともいわれています。

明治時代に欧米から輸入したリンゴの品種は、すでに600に達していました。明治33(1900)年には、日本の気候・日本人の嗜好に合った37の優良品種が選定。国内での品種名も統一されました。選ばれた37品種の中には、「紅玉」(こうぎょく)のように現在も人気の品種や、のちに「ふじ」の母親となる「国光」(こっこう)も含まれていました。その後も新品種が続々と誕生しました。最終的に「品種」として登録されるのは、何万、何千の実生から絞り込まれ、いくども試食を繰り返して、選ばれたもの。研究者の中には、リンゴ酸にやられて歯がぼろぼろになる人、胃がおかしくなる人もいたそうです。そうした執念とも言える努力が、世界に誇る日本のリンゴを生み出しました。

「ふじ」は、昭和14(1939)年に、農林省園芸試験場東北支場で行われた試験から誕生しました。「国光」に、「デリシャス」の花粉を交配した品種で、昭和37(1962)年に品種登録されました。貯蔵性に優れ、甘さと酸味のバランスも抜群です。その名前は、富士山、そして東北支場のあった青森県の藤崎町にも由来しています。 1981年には生産量日本一、2001年には生産量世界一に輝き、名実ともに日本を代表するリンゴとなりました。一方、民間でも多くの品種が誕生しました。りんご飴でおなじみ「アルプス乙女」は長野で、青リンゴで有名な「王林」は福島で個人により育成された品種です。他にも数多くの品種が生み出され、現在、日本では約2,000種のリンゴがあるといわれています。

世界一美味しいリンゴ、世界一の生産量を誇るリンゴ、いずれも日本の品種改良技術による賜物であるという事実。日本農業技術のレベルが世界でもトップレベルにあることの証でもあります。技術立国日本は、なにも自動車や電化製品だけではないということを改めて思います。日本の先人たちが築き上げてきたその努力の蓄積をしっかり継承し、もっともっとそれを発展させてゆく使命が私たちにはあると思います。

今日も一日頑張って行きましょう。
よろしくお願いします。

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