NO.313 1月29日【木】=野本亀久雄先生=

おはようございます。
日本に免疫ミルクが紹介されて30年、スターリジャパンがサステナを発売して17年になります。当初スターリミルクと呼ばれた免疫ミルクは、米国オハイオ州のスターリ研究所で研究開発され、現在は日本をはじめ世界中の国々で販売され、多くの人々の健康と命を守るかけがえのない製品として、愛用頂いています。スターリ研究所の創始者ラルフ・スターリ氏は、まさに免疫ミルクの生みの親として、現在も多くの免疫ミルク愛好家によって愛され続けている存在ですが、この免疫ミルクの普及と発展に深く関与し、大きな貢献をされた日本人がいたことをご存じでしょうか。ラルフ・スターリ氏が免疫ミルクの生みの親とすれば、その人物はまさに免疫ミルクの育ての親とも称される方なのです。ご存じのかたはもうお気づきでしょう。その人物こそ、私たちが尊敬してやまない野本亀久雄九州大学名誉教授です。

1990年代の初頭から、野本亀久雄先生はスターリ研究所で開発された免疫ミルクの共同研究に積極的にご協力いただき、日本や世界で多くの研究論文を発表されました。その間日本の最先端の研究者はもちろん、米国やニュージーランド、そして台湾や中国のこの分野の研究者たちにも大きな影響とヒントを与えてくださる存在でした。こうしてスターリ研究所で開発されてきた免疫ミルクが、世界中の研究者たちに注目され一気にその名を広める契機をつくったのが、野本亀久雄先生であったと言えます。野本先生は当時、九州大学医学部生体防御医学研究所の所長として、日本はもちろん世界中の免疫研究者の最高権威ともいわれる存在で、現在の生体防御医学という分野の礎を築いた方でもあります。野本先生が指導し関わった研究論文は、数千報に及び、この分野の研究者で日本のDr.K.Nomotoの名前を知らない者はいないと言われた存在でもあります。

その野本先生が私たちの免疫ミルクの研究に関わって頂いたのは、奇跡的な幸運であったと私たちは感謝していますが、先生は、それは必然のことであったと回顧されています。先生は、日本が世界に先駆けて高齢化が進み、医療や介護、そして社会保障制度という、国の根幹にかかわるシステムがどんどん肥大化し、いずれ破綻を迎えることをもう半世紀も前に予見されていました。そして日本に新たな産業として医療やヘルスケアなどを主軸にすえたバイオインダストリーを根付かせようと、産学官が一体となった有志連合を立ち上げたのです。それが今も語り継がれている日々黎明塾という組織でした。この日々黎明塾では、さまざまな立場の研究者、企業人、そして官僚も含めた人材が集まり多くのプロジェクトが進行していました。そして1989年、私たちの免疫ミルクもそのプロジェクトの一つに組み込まれたのでした。この続きはまた明日お話したいと思います。

今日も一日頑張ってゆきましょう。
よろしくお願いします。

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