おはようございます。
このテーマ、1月22日からのお話の続きです。大阪公立大学教授で内科医の、川口知哉先生は、退屈で面白くないがん予防の習慣を、賢者たちの「名言」を支えにして前向きに、軽やかに行うというユニークな方法を提案しています。先生の著書である『「がん活」のすすめ 科学と明言でつくる「がんを寄せつけない習慣」』(講談社)から前回は、フランス・ルネサンス期の思想家、ミシェル・ド・モンテーニュ(1533-1592)やインド独立の父、思想家、政治指導者、マハトマ・ガンジー(1869-1948)の言葉などをご紹介しました。
今回は、まずローマの哲学者で政治家であったセネカ(紀元前1頃ー65)の言葉です。
「健康になりたいと願うことは、健康になることの一部分である。」
実際のところ私たちが、ふだんの日常生活で本当に健康を第一においた環境を整えることはなかなか難しいことです。しかしそのかわり、健康でありたいと願う心を持ちつづけることは実践可能です。その延長上に、健康であるための実践をしていく心が醸成されるのです。 願うこと自体が健康への第一歩である、というセネカの指摘は、理にかなっているといいます。人は 「やせたい」「元気でいたい」と願うことで、少しずつ行動を変えはじめるからです。願いがなければ行動は生まれず、行動がなければ習慣も生まれないのです。
ある報告では、「自分の生活を自分で管理できている」「日々にやりがい(生きがい)を感じている」と答えた高齢者は、そうでない人に比べてその後に要介護状態となるリスクが有意に低いことが示されています。「健康になりたい」と願い、そのための小さな選択を日々積み重ねることが、精神論にとどまらず、実際に「寿命を延ばす」ことにつながることを裏づけています。まさに、セネカの「健康になりたいと願うことは、健康になることの一部分です」という洞察が、現代の科学で実証されつつあるのです。
そしてもう一つ、フランスの哲学者で評論家のアラン(エミール=オーギュスト・シャルティエ 1868ー1951)の言葉を紹介します。
「我々が自分を愛する人たちのためになすことができる最善の事は、自分が幸福になることである。このことに、人はまだあまり気づいていない。」
アランの言葉は、幸福や健康を「自分だけのもの」ではなく、社会的な責任、あるいは贈り物として捉えなおす視点を与えてくれます。私たちが家族や友人に渡すことができる最大の贈り物は、お金や物品ではなく、健康であり幸福な私たち自身である、と彼は言います。健康は本人だけが享受するものではなく、家族や友人にとっても大きな安心となるというのです。
健康寿命を延ばし、ピンピンコロリを目指すサステナの活動は、自分のためだけでなく、家族や友人、そして社会的な責任でもあるということだと、この言葉が教えてくれているように思います。健康の価値とは、家族や大切な人たちへの愛情の証でもあると、教えられた気がします。
今日も一日サステナ飲んで頑張りましょう。
よろしくお願いします。

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